■もはや真剣に対抗しないと危険!米国の中国海軍専門研究機関の代表が警告(小森義久)
■中国人民解放軍の海洋での動きが各国を揺るがすようになった
6月上旬にシンガポールで開かれたアジア安全保障の国際会議でも、中国の艦艇が南シナ海でベトナム側の艦艇のケーブルを切断したという動きが波紋を広げた。中国の海軍がフィリピンとの領有権を争う海域で新たな基地を建設し始めたという動きも、この会議で提起された。いずれも中国への批判が込められた議論だった。
米国でも、新任のレオン・パネタ次期国防長官と前任のロバート・ゲーツ長官が、議会の証言や記者会見で相次いで中国の南シナ海や東シナ海での新たな攻勢的軍事動向に警告を発した。日本でも沖縄至近の海域を中国海軍の艦隊が往来するという新たな動きがあったばかりである。
■米国が海軍大学校内に「中国海洋研究所」を設立
さて、中国の海上でのこうした軍事動向を米国側はどう見るのか。米国では今、中国の軍事全般の動きの研究がかつてなく幅を広げ、奥を深くしている。
かつての東西冷戦時代に、米国の国際問題研究分野でのベスト・アンド・ブライテストの人材がソ連の軍事研究に結集したように、今や中国の軍事研究は実に数多くの研究者や専門家を集めるようになってきた。米国全体にとって、中国の大軍拡が深刻な懸念の対象になったということだろう。
その中国の軍事動向でも、特に今米国が気にかけるのは海洋での動きである。
米海軍では2006年に「中国海洋研究所」という専門機関を設置した。目的は文字どおり中国の海洋戦略を調査し、研究することである。
この研究所はロードアイランド州ニューポートにある海軍大学校の一部として設けられた。海軍大学校というのは、海軍軍人のうち少佐以上の幹部たちを特別に訓練する施設だ。その主目的に沿って、海軍力や戦略、安全保障一般にまでわたる広範な研究をも実施している。そのための研究者たちが海軍大学校での教授職をも兼ねて常勤している。「中国海洋研究所」もそうした研究活動のための主要機関である。
その開設の時期は、ちょうど中国が海軍力を大幅に増強し、日本をも含む近隣諸国を動揺させ、米国が真剣に注意を向け始めたころだった。
その中国海洋研究所のピーター・ダットン所長に、中国の最近の海洋戦略についての見解を聞いた。なぜ、中国がここに来て海上で攻勢に出ているのか、その背景の戦略についてのインタビューである。
海軍大学校の教授をも兼ねるダットン氏は、中国の海洋戦略研究では全米でも有数の権威である。以下、ダットン所長との一問一答の要旨である。
■中国は非公式の地域統合を目指している?
――中国は一体、なんのために海洋での軍事活動を活発にしているのか。
ダットン 中国が今、活発化させているのは、中国自身が「近海」と呼ぶ黄海、東シナ海、南シナ海などでの海軍活動だ。その背景には中国の長期の海洋戦略が存在する。
その近海での長期の海洋戦略の第1の目的は、まず自国にとっての海洋の防衛線を沿岸からより遠方へと動かすために安全保障の緩衝水域を広げることだ。
第2の目的は、海洋資源のコントロールを強めることだと言える。海洋資源とは単に石油やガスだけでなく、魚類などの海産物資源をも含む。
そして第3は地域統合とも呼べる近隣諸国への影響力の強化だ。
――「地域統合」というのは、不吉にさえ響く野心的な意図に思えるが。
ダットン 中国はこの意図を特に東南アジアの諸国に向けている。「統合」というのは、近隣諸国が政治、経済、商業などの次元で中国の主導や主張を受け入れ、その方向への結束性のある集まりにまとめるという非公式の地域統合という意味だ。
控えめに言えば、中国の影響力の拡大とも表現できる。だが、その拡大の対象には日本や韓国も含まれている。
――中国はこの長期的な海洋戦略の目的を、どのような手段で達成しようとしているのか。
ダットン まず最大の手段は軍事能力の増強だと言える。この場合の軍事能力とは、単なる海軍力だけに留まらず、広い海域での人工衛星での情報収集能力の強化、通信能力の強化、他国へのサイバー攻撃能力の強化などを含む。軍事手段で制海権を広め、他国との紛争を中国の望む形で解決できる能力を高めることだ。
第2には法的手段が挙げられる。自国の海洋での主権や領有権の野心的な拡張に法的根拠らしき主張を加えるということだ。そのためにはまず中国の国内法で海洋での特定の島々や水域の自国の領有権を拡張して規定し、その国内法を根拠にして、対外的、国際的に自国の主張の「合法性」を訴えていくという手段である。
第3は、軍事面での能力を誇示し、ある場合には実際に使い、物理的に自国の領有権の主張などを推進して、既成事実のように提示していくという手段だ。
■国際合意に反する中国の主張
――中国海軍が拡大し、誇示しようとしている軍事能力は具体的にどのような内容か。
ダットン 中国海軍は当面、制海権を広め、強めるために、ミサイルシステムの強化に最大の努力を傾けている。ミサイルは通常、地上から発射するという形が基本だが、それを海上で発射できるようにすれば、射程距離が大幅に長くなり、威力が高まる。そのためにミサイル発射拠点としての水上艦と潜水艦の能力を高めようとするわけだ。
水上艦艇では駆逐艦やフリゲート艦の搭載ミサイル強化が進められているが、私が今、最も注視しているのは、中国海軍の「002型」高速ミサイル艦である。高スピードで航行し、ミサイルを自由に発射できるこの軍艦は小型とはいえ、米海軍にとっても大きな脅威だ。
さらに間もなく配備される空母「ワリヤーグ」の効用も注目すべきだろう。中国はこの空母を旧ソ連のウクライナから購入し、大改修を終えて、いよいよ実戦配備に就けようとしている。航空母艦というのは近隣諸国への示威効果が大きい。中国の海洋に関する主張にも威力を加えることとなろう。
――中国の海洋に関する権利の主張は国際合意に反するとされているが。
ダットン EEZ(排他的経済水域)の主張で中国が国連海洋法の合意に背を向けていることは、すでに周知の事実だ。国連海洋法では、沿岸国が200海里までのEEZで海洋経済資源を独占的に利用できる権利を認めているが、それ以外の他国の艦船の航行の自由は禁じていない。
だが、中国は自国のEEZ海域でも、その上空でも、外国の軍事行動は自国の許可がない限り、認めないという立場を一方的に打ち出している。
そのうえ、中国は海洋での領有権主張をする際に、大昔の帝国や王朝時代の自国の版図という歴史的な要素を根拠として導入している。
この姿勢は現在の国際秩序への挑戦であり、否定であり、他国には受け入れ難い。中国は海洋領有権の紛争に関しては、国際機関の裁定や多国間交渉を拒んでいるのだ。
――中国のそうした硬直した態度の結果、領有権紛争の解決は不可能に近いという展望が生まれてくるが。
ダットン 確かに中国は自国の主張をまったく崩さず、その主張が全面的に受け入れられるまでは不満を表明するという状態が続く。他方、紛争相手の諸国も、中国の要求どおりの結果になって紛争が落着すると、なお不満が続く。だから中国の今の姿勢では、海洋紛争に関しては「永遠の摩擦」が続くということになる。
■中国の姿勢は危険極まりない
ダットン所長の見解を総括すれば、やはり中国の海洋戦略は「一方的」で「強引」ということになる。しかも、その一方的な主張を軍事力で関係諸国に受け入れさせようとしている。危険極まりない姿勢だと言えよう。
尖閣諸島の領有権、ガス田資源の利用権限を巡って中国のそんな海洋戦略と対峙する立場にある日本にとっても、ダットン所長のこの考察は貴重な指針であろう。
なおピーター・ダットン氏は長年、米海軍の軍人としてパイロットや法務官、戦略研究員などを務めた。2006年に退役してすぐに海軍大学校の中国海洋研究所に入り、2011年春、所長となる。現在は海軍大学教授のポストにもある。
(転載おわり)