JSN■祖国復帰前の沖縄には保守の新聞があった!

シェアする

沖縄には、「琉球新報」と「沖縄タイムス」という極端に左がかった新聞しかありません。

極端に左がかったというより、米軍を沖縄から追い出す事と県民の反米感情と日本政府への反発を扇動する事をミッションとしているような新聞です。

これは、沖縄県民だけでなく、日本国民全体にとって非常に不幸な事です。

何故なら、このまま沖縄県民が徹底的に反米・反基地運動をつづけて、米軍が沖縄から撤退した時に困るのは、日本国民全員だからです。ですので、沖縄のマスコミ環境は日本にとっては大問題なのです。

「何故そうなったのか?」
「いつからそうなったのか?」

それを知る人はほとんどいません。

■沖縄にかつて存在した「沖縄時報」という新聞
下記の新聞の写真を御覧ください。

これは、沖縄にかつて存在した「沖縄時報」という新聞です。

日付は、1968年(昭和43年)10月31日です。「教育正常化は何故必要か」という大きな見出しが書かれています。また、「教師の政治活動は邪道である」「左翼政党では沖縄は救えない」と非常にまともな小見出しがあります。

要するに日教組批判、沖教組批判の記事です。産経新聞にも負けないだけの保守理論を発信しています。実は、この新聞は私の母が保存していたものです。写真の左上が若い時の母です。復帰前にどのように沖縄が左傾化していったかを残す非常に貴重な資料だとおもいます。

■沖縄時報が消滅した理由
では、何故このような重要な新聞社が沖縄に無くなってしまったのでしょうか?
一次情報ではないので、完璧に正確ではないかもしれませんが、私が聞いているところで、二つの説があります。一つは、記者クラブから閉めだされたそうです。つまり、新聞を書くための取材ができなくなったということです。

もうひとつは、左翼による工作で倒産させられたとの事です。本土から来た優秀な右翼の青年が社員となり、社長が仕事を任せるようになったら彼が労働組合をつくり会社が倒産してしまったとの事です。その青年は、右翼に化けた左翼だったという事です。

つまり、沖縄時報社は、沖縄を旋風する左翼の言論と戦っている最中に取材はできなくなり、会社は労働組合にのっとられ、倒産に追い込まれてしまったのです。

これが現在、沖縄に「琉球新報」と「沖縄タイムス」という左翼新聞しか存在しない理由です。

■沖縄の左翼化の歴史と原因を知る事が重要
このように沖縄には左翼新聞しか無い事を知っている人は多いのですが、その原因を知っている人はほとんどいません。

同じように何故、沖縄の人は米軍基地に経済依存しているにもかかわらず、反米・反基地の人が多いのか?その本当の理由を知っている人は多くありません。

これは、ある意味、中国の沖縄工作が成功しているという事を意味します。

しかし、そのような工作にも大きな弱点があります。

それは、工作の事実が公になるだけでその工作は力を失うのです。ですので、沖縄の左翼化がどのようにして作られてきたのか、つまり、沖縄の左翼化の歴史を知る事が重要です。これが、沖縄を守る事になると思うのです。

これから、沖縄の戦後の復帰運動を中心に調べて、お伝えしていきたいと思います。

(JSN代表 仲村覚)